本稿は独立系ベンチャーキャピタル、グローバル・ブレインが運営するサイト「GB Universe」に掲載された記事からの転載
2022年と2023年の2度にわたり、三井不動産は自社CVCの「31VENTURES-グローバル・ブレイン-グロースI事業」を通じて、統合コマースプラットフォーム「ecforce」を運営するスタートアップ、SUPER STUDIOに出資を行いました。
この出資以来、両社はOMO領域で協業を進めています。リアルとデジタルを掛け合わせ、ECブランドのビジネス成長を支援するOMOソリューション「THE [ ] STORE」の共同開発や、三井不動産のECサイト「&mall」およびららぽーとなどのリアル店舗のアイテムを集め、骨格診断やコーディネート提案を通じて自分に似合うファッションアイテムを見つけることができる「LaLaport CLOSET」など、次々と新たな取り組みを開始。これまで課題となっていた「オフライン・オンライン」のスムーズな連携を実現しています。
OMOやオムニチャネルについては長年苦心する企業も多い中、なぜ両社は次々と成果をあげられているのでしょうか。両社の協業を支援したグローバル・ブレイン(以下「GB」)の河上 将也とともに、その秘訣を三井不動産 イノベーション推進本部の清水 拓郎氏、SUPER STUDIO 取締役COOの花岡 宏明氏、執行役員CMOの飯尾 元氏にお話を伺いました。
(※所属、役職名などは取材時のものです)
「OMOで成果を出せる」と確信できた
──2022年に31VENTURESからSUPER STUDIOへの出資が行われました。まずは資金調達に至った背景から伺わせてください。
花岡:私たちは、コマースDXを実現する統合コマースプラットフォーム「ecforce」の開発・提供を主な事業としています。EC/D2Cを軸にブランドを展開するあらゆるブランドの販売チャネルの構築からデータ活用まで、コマースビジネスを一貫して支援しています。
2022年の資金調達時は、EC/D2C領域を軸として事業を展開しており、いずれはリアル店舗の支援などオフライン領域へ進出したいという思いを抱えていました。オフラインを活用した施策はEC/D2C業界でずっと議論されてきたものの、当時は業界の中でもうまくいっている事例が少なく、私たちも自分たちだけの力ではなかなか最初の1歩を踏み出せずにいました。
そのようなときに商業施設を多数所有されている三井不動産さんとお会いする機会に恵まれ、OMO(Online Merges with Offline:リアル店舗とECサイトを融合したマーケティング手法)の取り組みへの可能性を感じ、資金調達に至りました。
清水:三井不動産は「&mall」というECサイトを展開していますが、課題も多く存在します。ECのプロフェッショナルであるSUPER STUDIOさんから学びを共有できればという思いから、出資をさせていただいたのがはじまりです。私たちの課題とアセット、SUPER STUDIOさんが描いていたビジョンがマッチし、ご一緒することとなりました。
──1つめの大きな協業として、EC/D2Cブランドが低コストでリアル店舗を出店できる「THE [ ] STORE」を立ち上げられました。ここからどのような成果や気づきを得られましたか?
花岡:THE [ ] STOREでは、来店者は欲しい商品の二次元バーコードを自分のスマートフォンで読み取り、ecforceを通じて名前や住所、連絡先など必要な情報を入力して購入するという仕組みになっています。
来店者に情報を登録していただくフローが入るため、THE [ ] STOREをECサイトの会員登録促進の場として活かしていただくことも可能です。実際に会員登録数をKPIに設定してTHE [ ] STOREに出店したブランドの中には、Web広告の成果と比べて驚くほど高い成果が出たケースもありました。
ecforceに蓄積した来店者の情報をもとに、出店後もオンラインでCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)施策を展開すれば、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)向上も見込めます。さまざまな出店ケースから、OMOをきちんと成立させられれば、大きな成果が出せるという確信を持つことができました。
飯尾:どのブランドも人手不足・リソース不足のため、それがリアル店舗出店を阻む要因の1つとなっていることがわかりました。
THE [ ] STOREは弊社で専任スタッフを配置しているため、ブランド側で販売スタッフを準備しなくとも出店できます。この点は、私たちが予想していた以上に高く評価いただいています。THE [ ] STOREのように、リアル店舗を顧客接点としてコスト低く活用し、主な販売チャネルはECに任せるという形は、今後もますます求められると思います。
清水:三井不動産では東京ドームと連携したイベントや推し活をサポートする新規事業などの検討も始めているのですが、その事業のターゲットとなるお客さまとTHE [ ] STOREを通じてオフラインで出会い、エンゲージメントを高める取り組みにもつなげることができました。
これまでリアル店舗を持たないECブランドの方々や、その先にいるお客さまの声を聞くことに難しさがあったのですが、THE [ ] STOREができたことによりその突破口が生まれたと感じています。MIYASHITA PARKのテナント出店数の増加だけではなく、別事業にもつながる新たな成果を生むことができました。
──2024年からは、オープンロジ社やカウンターワークス社とも連携したプラットフォームも展開されていますね。
花岡:RAYARD MIYASHITA PARKという場所には合わないものの、THE [ ] STOREのような取り組みをしてみたいブランドは多くいらっしゃいます。将来的には、THE [ ] STOREで展開している座組みと、ポップアップを自由に出店できるカウンターワークスさんの仕組みを掛け合わせて、どんなブランドでもあらゆる場所でリアル店舗の出店にトライできる環境を整えていく予定です。
清水:私たちのロジスティクス事業にも大きな変化があるかもしれません。これまでは事業者さんに倉庫を大きく貸して利用していただくというビジネスモデルでしたが、オープンロジさんをはじめとしたさまざまな会社様と提携したことで、より小規模な事業者さんにも弊社の倉庫を提供できるようになりました。ecforce、THE [ ] STOREなどをきっかけにつながりが生まれたブランドさんの商品を、&mallで販売できないかという新たな取り組みも今後開始するかもしれません。
──直近では骨格診断やコーディネート提案の各種サービスが受けられる体験型ショールーミング店舗「LaLaport CLOSET」のDX推進や、ショッピングモール内の各店舗から商品を持ち出して比較検討できるサービスなど、独自のオムニサービス開発も発表されました。これらの取り組みに感じている意義を教えてください。
花岡:これまで私たちはEC支援に特化してきましたが、それだけでは中長期でみると成長曲線が緩やかになっていくのではないかという懸念がありました。そんな中で、三井不動産さんとOMOの取り組みができるようになったことは、最適なタイミングでありチャンスであると捉えています。
一連の取り組みから得た学びによって、ecforce側のプロダクトも大幅に進化しました。これまで思いつかなかった新しいプロダクトの構想が取り組みの過程で生まれるという良い流れができており、私たちとしてはそこにも意義を感じています。
スタートアップとエンプラ企業、目線を合わせるには
──多面的な取り組みを実現されてきていますが、その成功の秘訣は何でしょうか。
清水:私たちは&mallというECサイト運用の経験をもとに、自分たちだけでは実現できない課題を明確にすることができました。すべてのCVCに当てはまる成功法則ではないとは思いますが、私たちの場合はそこがポイントだったかなと。
河上:ペインを明確にされていたのは効果的だったと思います。また、協業を始める際にきちんと目線合わせをしていたため、お互いの望むものを理解した状態でスタートラインに立てたように思いますね。
飯尾:目線合わせという意味で私たちが大切にしていたのは、相手のビジネスの前提やゴールをしっかりと理解した上で、同じ目線で取り組んでいくということです。
逆に三井不動産さんにも私たちの得意分野を深く理解していただきました。ときには「これは少しSUPER STUDIOさんとは領域が違いすぎますか?」と確認いただくこともありました。お互いのビジネスを理解しながら議論できていることが、良い関係を築いてこられた理由だと思います。
──一般的にスタートアップは急成長を目指すため、短期での成果を追い求めることも重要です。一方でエンタープライズ企業は、中長期で大きなビジョンを描くために協業を行う場合が多いかと思いますが、このすり合わせをどのように行ったのでしょうか。
花岡:私たちが意識したのは、プロジェクトのフェーズに応じた適切な人材のアサインです。THE [ ] STOREはいまでこそ形になっていますが、当初は手探りの状態でした。そうしたプロジェクトの初期段階では、構想やイメージを形にすることが得意なCEOの林が主導し、実行フェーズに入った段階で私と飯尾にバトンタッチをする、という形で進めました。0→1が得意な人と、短期で成果を出すのが得意な人を適切なタイミングでアサインして進行できたことは、重要なポイントだったと思います。
清水:目標策定の進め方が功を奏したといえるかもしれません。数年先を見据えた大きなゴールを描きつつ、そこに至るまでのステップをかなり細かく設定していきました。まずは小さな成果を出し、定量・定性で評価して、次のステップに進む。この小さな積み上げが大きなゴールにつながっていく流れを意識して動けました。いきなり急いで壮大なゴールを目指さなかったのが良かったのかなと思います。
飯尾:両社とも協業における工夫はそれぞれある中で、短期的な成長と中長期的なビジョンを両社の観点で考え、相互にメリットがあることを確認し合うことは大事だと思います。私たちもそれらが満たせる協業スコープを定めていきました。
──CVC活動においては社内の事業部との合意形成に苦労される方も多いですが、工夫していたことはありますか?
清水:各事業部にSUPER STUDIOさんと協業をしませんかと売り込みに行くのではなく、事業部からヒアリングをする姿勢を大切にしました。来期の計画や事業課題、予算などを確認させてもらい、事業部がいつまでに何をしなければいけないかの解像度を高く持てたことがスムーズな連携につながったのかなと感じています。
株主だからこそ「一心同体」で協業できる
──三井不動産とSUPER STUDIOは資本関係がある中での協業となりました。スタートアップの顧客ではなく、株主になることで協業を進めやすくなった場面があれば教えてください。
花岡:LaLaport CLOSETなどの取り組みについては、資本関係があったことでより実現しやすくなったと感じています。私たちから「(LaLaport CLOSETを管轄する)商業部門の方に会わせてください」とお願いしたのではなく、清水さんから商業部門の方を連れてきてくださいました。物流部門との連携も同様です。清水さんが三井不動産さんの社内のさまざまな部署の方をご紹介してくださったことで、そこから両社の課題や得意領域を深掘りして一緒に取り組めるような密な関係を築くことができました。
また、河上さんも清水さんもSUPER STUDIOの立場を慮っていろいろと提案をしてくださるので非常にありがたいです。現場の方々もさまざまな課題を投げかけてくださいますが、その際も「SUPER STUDIOにメリットがありそうならやりましょう」というスタンスで接してくださいました。
清水:株主だからこそSUPER STUDIO側に立てるというのはありますね。SUPER STUDIOさんの成長が私たちにも還元されるという関係性があるからこそ、社内のあらゆる部署への紹介もしやすくなります。
私たちは過去にIT開発やDXなど、さまざまな分野で多くの企業と協業してきましたが、多くの失敗も経験してきました。そこから学んだのは、本当の意味で「一心同体」でないと上手くいかないということです。将来を賭けていく領域に挑むのであれば、同じ船に乗るパートナーが必要不可欠だと考えています。
CEOの林さんをはじめ、花岡さん、飯尾さんというCxOレベルの方々と直接お話できるのも大きかったです。出資関係がなければ、意思決定できる方々と直に協議するのは難しいですし、直接お話できるほうがプロジェクトも早く進められると感じます。
また、私たちのCVCはGBさんとの共同事業というスタイルですが、そのメリットもありましたね。河上さんとValue Up Team(VUT:GBの支援専門チーム)はSUPER STUDIOさんの事業支援もされていました。私はその定例会議にも参加させていただいていましたが、SUPER STUDIOさんの課題や取り組みたいことを明確にするのが非常にうまい。私たちが何をすれば貢献できるのかもわかってくるので、GBさんの支援が間に入っていたのは大きかったですね。
河上:ありがとうございます。私たちは、エンタープライズ企業が株式出資を通じてスタートアップとの協業を推進する在り方を「Model EDGE(Equity-Driven Growth Ecosystem)」と呼んでいます。近年エンタープライズ企業によるCVC設立が盛んになってきていますが、出資したにも関わらず、協業が形にならずに終わってしまうケースもよく見られます。そんな中で今回の三井不動産さんとSUPER STUDIOさんの事例はベストプラクティスの1つだと思いますね。
OMOソリューションの「スタンダード」を目指して
──今後の協業で目指していきたいビジョンをお聞かせください。
飯尾:いま私たちと三井不動産さんは、目指したい方向性や足並みが揃ってきていると感じています。案件の幅も徐々に広げている状態なので、まずは最短最速で成果を出すことに注力したいですね。それによって三井不動産さんからの信頼を得て、お互いの理解が一層深まることで、次の大きな取り組みにチャレンジすることができる。この好循環を作っていきたいと考えています。
花岡:真の意味でのオムニチャネルができている企業は、世の中にまだ存在していないと思っています。言葉自体は10年以上前からありますが、現場を見ている私たちの目から見ると、理想的な形に至っている企業は少ないように思います。三井不動産さんと私たちが実効性のあるソリューションを作り上げられれば、それがスタンダードになっていくはずです。まずはそこを目指したいですね。
飯尾:世界最大規模のオムニチャネルネットワークを実現するという意味でも、三井不動産さんは日本でトップクラスの企業です。その実現に向け、私たちも力になれるよう精一杯コミットしていきたいと考えています。
清水:私は現職に着任して以来、SUPER STUDIOさんの売上を作りたいとずっと思ってきました。「協業」というと新規事業の立ち上げのことだと思われがちですが、まずは私のリソースや会社の力でSUPER STUDIOさんの成長に貢献するのがファーストステップだと思っています。今後も、1つでも2つでも多く具体的な成果を出していきたいですね。
また、現在は商業施設部門とロジスティクス事業部門とのプロジェクトが中心ですが、将来的にはビルやホテルを管轄する部門やDX部門などとも取り組むことができるのでは、と思っています。人材交流という選択肢もあるかもしれません。もちろんSUPER STUDIOさんの独立性は保ちつつ、私たちだけではできないことに取り組みながら、一緒に成長していく。そういう未来を描けたらいいですね。
──両社を支援する立場として、河上さんが考えている展望も教えてください。
河上:SUPER STUDIOさんと三井不動産さんは、それぞれが相手にない強みを持っています。その掛け合わせによって売上が伸びる世界観が作れれば、協業やオープンイノベーション自体の価値も、より広く認知されるはずです。そうした各社の事業成長にプラスになる支援ができたらと思っています。
ただ、CVCの主役はあくまでもスタートアップとエンタープライズ企業であり、私たちは黒子です。そこを履き違えないよう意識しつつ、両社の強みを掛け合わせるお手伝いができたらなと思っています。
清水:GBさんをヨイショするわけではないのですが、河上さんやVUTの存在は本当にありがたいと感じています。
花岡:同感です。プロジェクトの議論が曖昧になりそうなときには、きちんと指摘して引き締めてくださいます。また、いまでこそ三井不動産さんとは円滑にコミュニケーションできていますが、協業当初はコミュニケーションに距離があったこともありました。そこで間に入って取り持っていただいたことが何度もあります。
清水:第三者目線で、支援のバランスをすごく考えてくださっているのだろうなと思います。もし私たちが単独でSUPER STUDIOさんにバランスシートを出資しても、ここまでの関係は構築できなかったと思います。建設的な協業ができたのは、やっぱりGBさんがいたからこそではないですかね。
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